昭和初期の民謡歌手、レコード歌手。本名は三野哲太郎といい、明治二十一年伊根町に生まれました。童謡『赤とんぼ』の作曲でも知られる山田耕筰に見出され、四十三歳という遅咲きのデビューを飾ります。民謡歌手としてレマードの吹き込みをしていましたが、昭和八年に、当時人気歌手だった勝太郎とデュエットした『東京音頭』が大ヒット。おりからの新民謡ブームに乗って、全国の盆踊りのほとんどが『東京音頭』に染まったといいます。現在、プロ野球・東京ヤクルトスワローズの応援歌としても有名です。翌年も、勝太郎とのコンビで『さくら音頭』がヒット。昭和初期を飾る人気レコード歌手として活躍しました。地元に讃える「一嶋一聾の碑」が建っています。智恩寺は、平安時代の万寿元年、天台の高僧皇慶上人が開いたと伝わる寺院で、現在は真言宗です。皇慶上人が行基作の薬師如来像を担いで霊場を探していたところ、この地で像が動かなくなり、ここに創建したと伝えられています。現在本尊として安置されている薬師如来立像は、寄木造りの穏やかな作風で、皇慶上人の時代の様式です。鎌倉時代の皇慶上とともに、市指定文化財に指定されており、如願寺円隆寺(舞鶴市)の薬師如来坐像とあわせて、薬師信仰の伝播をうかがわせる資料となっています。現存する建物のうち、本堂が最も古く、寛文十二年(一六七二)に再建されました。寺社建築に活躍した冨田姓の大工の初期の作品とされています。貞享三年に市内の大火に類焼して、仁王門と塔頭の竜性院、威性院、吉祥院が焼失、元禄三年(一六九〇)年に仁王門(山門)が再建され、昭和二十七年、現在の場所へ移されました。本堂、仁王門は府指定文化財です。境内は前出の日吉神社(山王宮)と隣接し、両者が樹叢の茂みの中に並んで立っています。その優れた自然環境から、この一帯の鎮守の森は、府文化財環境保全地区に定められています。
[関連情報]
夕日ヶ浦温泉「坂本屋瑠璃亭」