出版翻訳でも産業翻訳でも、何人かの分業によって翻訳を進めようとする試みがあちこちにみられる。たとえば、英語を専門にする翻訳者が原文を日本語になおし、つぎに対象分野の専門家(たとえばコンピューター・マニュアルの翻訳なら、ソフト技術者)が内容と専門用語をチェックし、最後に日本語の書き手が推敲して、読者に伝わりやすい文章にするといった試みである。このような分業化は、経済や社会のどこにでもみられるものだし、それによって効率性が向上しているのが通常なので、翻訳でも当然、分業の方式を取り入れれば、効率があがるはずだと考えられている。翻訳者はこれまで、昔気質の職人のように、分業をかたくなに拒んできたが、これでは社会の進歩に取り残されるだけだともみられている。しかし、何人かの分業で翻訳を進める試みは、一見成功しているように思える場合もあるが、失敗に終わっている場合が多い。その理由は、おそらく、きわめて単純である。翻訳という作業は、分業には馴染まないのだ。