縁談が整ったあとで、結納ということがあるが、デパートなどにある結納品の大きな飾りもの。私の家は三人の子どもとも、ああいうものは使わなかった。日本人ほど虚礼の好きな国民は珍しいのではないかしら。あるいは見栄っぱりとも言うのであろうか。『徒然草』の中にこんな言葉がある。−貧しき者は、財をもって礼とし、老いたる者は、力をもって礼とす。これは『礼記』という中国の本にある、「貧者は、貨財を以て礼と為さず、老者は、筋力を以て礼と為さず」を前提として言った言葉で、貧しい者はお金を使ってお礼をしなくてもよいし、老いた者は、力業を提供してお礼をしなくてもよい。身の程を心得てやらないと、あとでその無理のしわよせがくる。つまり、賢い者は、自分の能力の及ばないことはしないと言っているのだ。なのに、一般には、貧しい者ほど金をつかって相手に謝礼の意を表し、老人は自分の体力にとって難儀な労力を提供して、相手に礼をつくした気でいる。両方とも、自分の力では出来ないことをやってみせる。それは愚かしいことで、自分の能力に見合った礼をつくせと言っているのである。よく金持ちほどケチで、貧しいものほど、派手に金を使うと聞かされるけれど、貧しい者は貧しいと見られたくないのであろう。老人も、もう老体で力業は駄目と言われたくないのだ。