三〇年ほど前までは、中学受験する人というのはごく一部で、大多数は通学区域の公立中学に進んでいました。なぜ今のように広がったかといえば、次のような背景が考えられます。歴史的に見るとまず、中学受験が盛んになった地域に共通した背景として、その地域では一九六〇年代に公立高校の入試に「総合選抜制度」(東京では「学校群制度」と言われた)が導入されたことがあげられます。この制度は、当時盛んだった一部の公立高校を目指しての受験競争を緩和させるために、その地域の複数の公立高校の学力水準が同レベルになるようにしようという試みでした。受験生の希望に関係なく、成績順に均等に合格者を配分しました。当然突出した高校はなくなります。そのため学力の高い生徒を一手に集めていた旧制中学以来の名門校の地盤沈下が進んだのです。そのことを察知した教育熱心な家庭は、中学進学段階でわが子を私立中学に進学させるようになりました。なかでも最も早く中学受験熱が高まったのが、西宮市・芦屋市・宝塚市などの阪神で、灘・甲陽学院・神戸女学院……といった関西を代表する私学がこの地域に存在していることがそのことをよく物語っています。その他、中学受験比率が高い東京都・京都市・岡山市・広島市・高知市・佐賀市・長崎市などは、すべて公立高校に「総合選抜制度」が採用された地域です。
(参考)
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